いまこそ知りたい!悪液質とは?~定義や診断基準、治療~ -
がんや心疾患などの慢性疾患の患者さんがやせてしまうという現象は古代ギリシャの時代から知られており2)、悪液質という概念も古代ローマの時代にはすでに用いられていました1)。 悪液質は進行すると生命に関わるものですが、その全貌は未だ明らかではなく、医療従事者の中でも悪液質に対する正しい認識は低いことが分かっています3)。がんに伴う悪液質に特化した新規薬剤の開発もされましたが、標準治療はまだ確立されておらず、栄養状態の改善が可能な早い段階から、栄養療法・運動療法・薬物療法を組み合わせて実施することが有効であるとされています。 本コンテンツでは、主にがん悪液質の定義や発症機序、また現在行われている治療法について解説します。
監修者からのメッセージ
慶應義塾大学 医学部 腫瘍センター 浜本 康夫先生
がんに伴う悪液質は体重減少と食欲不振が主な症状で、体脂肪だけでなく骨格筋量が減少してしまうために、QOLや予後に悪影響を及ぼすものです。進行がん患者さんの28~57%4)に認められると言われており、日常臨床で出会う頻度は比較的高いと考えられますが、診断基準や治療法が確立しておらず、医療従事者の認知度もそれほど高くはありません。悪液質は進展すると不可逆的な栄養不良となるため、早い段階から対処して、進行をなるべく遅らせることが重要です。
このコンテンツで悪液質の基本的な知識を学び、適切な介入を目指しましょう。
悪液質の定義
悪液質(あくえきしつ)は、紀元前1世紀にはすでに知られていた古い概念で、「栄養状態が悪化し、衰弱した状態」を示していました。英語ではcachexia(カヘキシア)といい、ギリシャ語のkakos(悪い)とhexis(状態)に由来していると言われています1)。
しかし明確な定義が打ち出されたのは近年になってからで、2006年に米国で開催されたエキスパート・コンセンサス会議では、「悪液質は基礎疾患によって引き起こされ、脂肪量の減少の有無にかかわらず、骨格筋量の減少を特徴とする複合的代謝異常の症候群である」と定義づけされました5)。その後2011年には、がんに特化したがん悪液質についても、欧州の専門家集団により「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義づけられました6)。
がん悪液質は進行がんに認められることが多く、筋肉が減少することによって治療効果、QOL低下や生命予後に悪影響を及ぼすことから、治療の対象として近年注目されています。
悪液質の発生機序(メカニズム)
悪液質は、代謝異常による異化亢進※と、食欲不振で食べられないことによるエネルギー摂取量の減少が複雑に絡み合って発症します。そのメカニズムは徐々に明らかになっていますが、まだ不明な点も多く残されています。
中心的な役割を果たすものとしてわかっているのが、疾患に対する生体反応としての炎症性サイトカインの活性化です。炎症性サイトカインは脂肪や骨格筋、中枢や肝臓に影響を及ぼして全身性の炎症を引き起こします。
炎症に伴うさまざまな生体反応より脂肪や筋肉の分解が進み、肝臓では糖新生が亢進しています。また視床下部では食欲を促進する神経系の働きが抑制され、食欲を抑制する神経系の働きが活性化するため、食欲不振が引き起こされます。
さらにがん患者さんの場合は、がん細胞が放出する物質そのものが骨格筋や脂肪を分解することや、がんの症状そのものが食欲不振を起こして、さらに悪液質を進展させます。
その他に、がんに伴う味覚変化や疼痛、うつ状態なども悪液質を起こす一因となります7)。
悪液質の病態生理(症状)
悪液質では、全身性の炎症による代謝異常と食欲の抑制に伴い、図のようなさまざまな症状がみられます。
ここでは、主なものについてご紹介します。
食欲不振
視床下部における炎症性サイトカインの活性化により、摂食を促進する物質の作用や摂食抑制ホルモンの分泌が抑制され、食欲が低下します。
またがん性疼痛や治療の副作用による吐き気や嘔吐、不安やうつ状態も食欲低下の原因となります。
食欲低下は摂食量の減少につながり、「食べてほしい」という患者さんの家族・介護者の思いと衝突してしまうことがあります8)。
体重減少
摂食量の減少、また代謝異常による骨格筋と脂肪の分解により、体重が減少します。
特に悪液質では、骨格筋量の減少が大きな特徴となっています。摂食量が少ないことによる飢餓でも体重減少はみられますが、悪液質では骨格筋の分解が進むこと、安静時のエネルギー消費量も増加することなどの違いがあります9)。
またがん悪液質では、体重減少によりヒポクラテス顔貌と呼ばれる特有の顔つきが確認されることがあります。これは末期がん患者さんに特有の顔貌であるとされ、側頭筋喪失による頬のくぼみ、無表情、落ちくぼんだ眼球などが特徴です10)。
サルコペニア
サルコペニアは一般に加齢に伴う骨格筋量の減少と筋力・身体機能の低下として知られていますが、悪液質でも骨格筋量が減少するため、年齢にかかわらずサルコペニアが生じます。
サルコペニアになると、転倒しやすい、歩行が困難になるといった日常生活動作がしづらくなることに加え、体が脆弱になっていることによりさまざまな有害事象が出やすくなります11)。
QOLの低下
がんそのものの疼痛や治療に伴う副作用に加え、悪液質によって生じる食欲低下や生活上の不具合は、患者さんのQOLを大きく低下させると考えられます。また体重減少による外見の変化や「食べられないこと」に対するプレッシャーで外出や外食を避けるようになると、社会的孤立にもつながります12)。
悪液質の検査と診断
がん悪液質のステージ分類および診断基準としては、欧州の専門家会議であるEPCRC(European Palliative Care Research Collaborative) によるものが知られています。
-
前悪液質
悪液質に陥る前の段階で、この段階から栄養ケアを行うことで悪液質への進展を予防することが期待できるため、早期介入が必要とされています。 -
悪液質
前悪液質からさらに進展して、全身性の炎症と食欲不振による摂食不良が生じた段階です。診断基準は、①6カ月以内に5%超の体重減少、②BMI<20で2%超の体重減少、③サルコペニアで2%超の体重減少のいずれかで、経口摂取不良と全身炎症を伴うものとされています。 -
不応性悪液質
悪液質がさらに進展し、がん治療にも抵抗性を示すようになった状態です。この段階は終末期と考えられ、緩和的治療が主体であり、予測生存期間は3カ月未満とされています。
EPCRCの診断基準はがん悪液質の診断基準として広く知られているものの、前悪液質および不応性悪液質の記載が臨床的特徴に留まっていること、サルコペニアの評価手法が老年医学で用いられるものとは異なること、人種による骨格筋量減少の基準を考慮していないことなどの課題があります。そのため、この基準を日常診療にそのまま用いることは注意が必要です。
悪液質の治療法
悪液質はいずれ治療抵抗性となり死に至るため、前悪液質の段階から積極的な治療が必要です。しかしその一方で、正確な診断の難しさや発症要因の複雑さから、標準治療は確立していません。
現在では、栄養状態の悪化を防ぐための薬物療法、栄養療法、運動療法を患者さんの状態に合わせて組み合わせ、体重減少や栄養不良をなるべく抑えて、その後の進展を予防する試みがなされています。
薬物療法
がん悪液質については、世界初となる治療薬が2021年に日本で承認されています13)。このお薬は、胃で分泌される食欲ホルモンであるグレリン様作用を示すもので、非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんにおけるがん悪液質を適応症としたものです。
これ以外にも、筋肉量低下を防ぐ作用のあるお薬など、がん悪液質を直接改善できるような薬剤の開発が進んでいます14)。
他に炎症を抑える目的でNSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)やコルチコステロイド、EPA(エイコサペンタ塩酸)、サイトカイン阻害薬などが使用されることがありますが、いずれも日本ではがん悪液質への適応は承認されておらず、また副作用や効果の面で標準治療として確立されるには至っていません15)。
栄養療法
悪液質が不応性悪液質まで進展してしまうと、どんなに栄養を摂取しても有効に利用されない状態になっているため、あらゆる栄養療法に抵抗性となります。
そのため、前悪液質・悪液質の段階で積極的に栄養療法を行い、栄養状態の悪化をできる限り食い止めて悪液質の進行を遅らせることが重要です。
具体的には、以下のような対策がとられます。
-
栄養指導・教育
患者さんや介護者・家族の栄養に対する認識の低さや誤った知識により、そもそもの栄養摂取がおろそかであったり、食事内容の偏りで栄養状態が悪化してしまっていたりすることがあります15)。
そのため、医師や管理栄養士が適切に栄養指導・教育を行うことは、悪液質に対する栄養対策の基本となります。 -
経口補助食品の活用、経管栄養の実施
経口での栄養摂取増加は、栄養ケアの中でもまず行うべき対策です1)。近年では吸収のよいホエイプロテインを含むものや、アルギニン・EPAなど蛋白合成を促進や炎症を抑える作用のある栄養素を配合したもの、飲みやすくするためにテクスチャやフレーバーに工夫を施したものなど、多くの種類の経口補助食品が市販されています。患者さんの好みに合わせて適切な製品を活用することで、服用アドヒアランスが向上し、有効に栄養状態を改善できることが期待されます。
頭頚部や食道のがんで経口摂取が難しい場合は、経鼻胃管や胃ろうによる経管栄養が推奨されます15)。 -
経静脈栄養については慎重に投与
経口・経管栄養が難しい場合は、輸液による経静脈栄養が適応となります。しかし終末期には過剰なエネルギー投与は患者さんにとってかえって負担となることがわかっており16)、この段階での栄養ケアは、患者さんの状態や家族の意向などを踏まえて、慎重に行う必要があります15)。
運動療法
悪液質は骨格筋量の低下を主体としているため、運動で筋肉に刺激を与え、筋肉量の減少を予防することが有効であると考えられます15)。望ましいのは、筋力強化のためのレジスタンストレーニングを主体に、ウォーキングなどの持久力トレーニングを組み合わせることです。以下に、それぞれの効用を紹介します。
-
レジスタンストレーニング
いわゆる筋力トレーニングのことで、筋肉量の維持・増加や筋力強化、日常生活動作をしやすくする、QOLを改善するなどの目的で行われます。 -
持久力トレーニング
いわゆる有酸素運動のことで、運動耐容能の向上やQOL改善が期待できるほか、インスリン抵抗性や耐糖能異常の改善にも有効です17)。
このように悪液質に対する運動療法にはさまざまな効果が期待できますが、有用性を示したエビデンスは十分ではなく、がん患者さんに対してどれくらいの運動量や頻度が適しているかなどの具体的な目標は定まっていません。また運動を継続することが、反対に患者さんの負担となってしまう場合もあります。
そのためがん悪液質に対する運動療法は、個々の患者さんの状態や身体機能に合わせ、栄養療法・薬物療法と組み合わせて慎重に行うことが求められます。
まとめ
悪液質は、主にがん等の慢性疾患に伴って生じる、骨格筋量の減少や食欲不振を主病態とする代謝異常の症候群です。その発症メカニズムは複数の要因が関与した複雑なものであるため、正確な評価基準や診断手法、標準治療は定まっていません。
しかし進行すると、QOLの低下だけでなく主疾患の治療効果の減弱や生存率低下にもつながるため、栄養状態が維持・改善可能な早期の段階で積極的に介入することが重要だとされています。
経口補助食品を活用した栄養療法、患者さんの状態に合わせた運動療法、有効性が期待される薬物療法を適切に組み合わせて栄養状態の維持・改善、骨格筋量の維持を目指し、悪液質の進行をなるべく遅らせることが、現在推奨されている治療法です。
- 引用文献
-
- 森直治:現代医学. 2020;67(2):74-79.
- 日本がんサポーティブケア学会:がん悪液質ハンドブック, 2019年3月発行
- 森本貴洋ほか:癌と化学療法. 2020;47(7):1075-1080.
- Farkas J, et al.: J Cachex Sarcopenia Muscle. 2013;4(3):173–178.
- Evans WJ, et al: Clinical Nutrition. 2008;27(6):793-799.
- Fearon K, et al.: Lancet Oncol. 2011;12(5):489-495.
- 日本がんサポーティブケア学会・Cachexia部会訳:がん悪液質:機序と治療の進歩, 2018年初版発行
- Vaughan VC, et al.: J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2013;4(2):95–109.
- Chasen MR, et al.: Support Care Cancer. 2009;17(11):1345-1351.
- ニュートリー株式会社:キーワードでわかる臨床栄養「5-4:顔貌と栄養状態」
https://www.nutri.co.jp/nutrition/keywords/ch5-4/keyword2/(2023年2月閲覧) - 鈴木昌幸:YORi-SOUがんナーシング. 2022;12(2):174-175.
- Oberholzer R, et al.: J Pain Symptom Manage. 2013;46(1):77-95.
- 小野薬品工業株式会社:グレリン様作用薬、エドルミズⓇ錠50mg がん悪液質の効能又は効果で国内製造販売承認を取得, 2021年1月22日
https://www.ono-pharma.com/ja/news/20210122.html(2023年2月閲覧) - 東京薬科大学:東薬大 新規開発の筋肉消耗阻害ペプチドと食欲増進薬の併用により、がん悪液質治療に高い効果を示すことを確認~がん悪液質治療法開発に期待~, 2022年8月2日
https://www.toyaku.ac.jp/lifescience/newstopics/2022/0802_5191.html(2023年2月閲覧) - 日本緩和医療学会:終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン 2013年版, 金原出版, 2013年, p47-50.
- 日本臨床栄養代謝学会:JSPENテキストブック, 南江堂, 2021年, p374-375.
- 齊藤正和ほか:Journal of CLINICAL REHABILITATION. 2021;30(11):1106-1111.